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映画『戦場のピアニスト』感想文

  • 執筆者の写真: Yukaringo
    Yukaringo
  • 2025年12月15日
  • 読了時間: 2分
廃墟に置いてあるピアノ

映画『戦場のピアニスト』感想文


ピアノの音が、静けさの中で響くということ

偶然だった。

ある夜、アマプラで○日以内に終了という記載を見て何となく再生ボタンを押した。

予備知識なしで観た。

そして、画面の中で展開される出来事に、言葉を失った。


音楽が「語る」瞬間

主人公がピアノを弾く場面は、映画全体を通してわずかしかない。だからこそ、その音が鳴るとき、空気が変わる。音楽は美しさとしてではなく、生存の証として、沈黙の重さを測る物差しとして、そこに在る。廃墟のようなアパートで、凍えた指先で鍵盤に触れるあのシーンを、私はまだうまく言葉にできない。


助けられることの不条理

誰かが差し伸べた手によって生き延びる。けれど、その隣で、同じように手を伸ばした人が助からない。映画は、その不条理を説明しようとしない。ただ映す。運命と呼ぶには冷たすぎる偶然の連続を、主人公は生き延びていく。彼はヒーローではないし、特別な何かを持っていたわけでもない。


見ることと、見られること

隠れて息を潜める場面が何度も訪れる。窓から外を覗く視線の先には、日常を破壊する暴力がある。けれど同時に、彼もまた誰かに見られる可能性に怯えている。見る側と見られる側が、紙一重で入れ替わる緊張感。


私たちは「生き残った人には使命がある」と、つい考えたがる。物語を、意味で回収したがる。でも、この映画はそういう着地を拒んでいるように見えた。生き延びることに、理由などなかったのかもしれない。あったのは偶然と、誰かの小さな選択と、言葉にならない何かだけ。

それでも、彼は鍵盤に向かう。その姿に、どこか救われるような、同時に息苦しくなるような気持ちになった。


エンドロールが流れても、しばらく立ち上がれなかった。

「感動した」とは違う。何かが胸に刺さったまま、抜けない感覚。翌日も、その次の日も、ふとした瞬間に映像が蘇る。廃墟の窓辺、缶詰を開ける音、埃まみれの鍵盤。

この映画は、観終わってからが本番なのかもしれない。


静けさの中で、ピアノの音を聴いたことがあるだろうか。


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