「葉桜の季節に君を想うということ」読書感想文
- Yukaringo
- 1月6日
- 読了時間: 4分
更新日:1月10日

「葉桜の季節に君を想うということ」読書感想文
贈られた一冊が開いた世界
友人が「私の好きな本なんだ」と贈ってくれた。
どんな物語が待っているのだろう。そんな期待を胸に、その夜、本を開いた。
読み始めたのは夜の10時過ぎ。気づけば深夜2時を回っていた。ページをめくる手が止まらなくて、最後の数十ページはもう「えっ?」「えっ!?」の連続だった。閉じた本を持ったまま、しばらく呆然としていた。
翌朝、まだ興奮が冷めないうちに、友人に長文のメッセージを送った。「まんまと騙された」「すごい本を贈ってくれてありがとう」と。彼女がこの体験を私に味わってほしかったのだと分かって、改めて胸が温かくなった。
心地よい語り口に潜むもの
ミステリーは結構読む方だと思う。叙述トリックも、どんでん返しも、それなりに経験してきた。だから、ある程度の警戒心は持つようになっている。怪しい人物、不自然な会話、伏線らしきもの。
それなのに、この作品の前では無防備だった。語り手の声が心地よくて、その語り口に安心して身を預けていた。ユーモアがあって、時に皮肉で、でもどこか優しい。そんな声に導かれるまま、物語の世界に入り込んでいった。
そして最後に待っていたのは、これまで読んできたどのミステリーとも違う種類の驚きだった。読み返してみると、何気ない日常描写の中に、会話の端々に、すべてのヒントは最初から散りばめられていた。でも気づけなかった。いや、気づこうとしなかった。
トリックに感心するというより、自分自身の読み方を見透かされたような感覚。「読み慣れている」という自信そのものが、最大の盲点だった。
タイトルが持つ二重の意味
葉桜の季節。華やかな満開の後、静かに緑へと移り変わる時期。読み終わってから、このタイトルがどれほど丁寧に選ばれたものかが分かった。
「君を想う」という行為が、どの登場人物の、どの時間を指しているのか。答えは一つではない。読み返すたびに、違う誰かの想いが浮かび上がってくる。そのことに気づいたとき、もう一度最初から読み直していた。二度読みするのは久しぶりだった。
「信じる」ことの意味
この物語が巧妙なのは、読者を「騙す」ことが目的ではなく、「信じるとはどういうことか」を問いかけてくるところだ。
誰かの言葉を信じる。誰かの善意を信じる。それは時にリスクを伴う。でも、信じなければ何も始まらない。語り手の正体が明かされたとき、善意と悪意の境界がどこにあるのか分からなくなった。誰かを助けたい気持ちと、誰かを利用する意図は、時に同じ行動の中に共存する。それは物語の中だけでなく、現実でも同じかもしれない。
見事に術中にはまったとしても、それで終わりではないということを、この作品は教えてくれた。むしろそこから見えてくるものがある。自分が何を信じたかったのか。なぜその語りに引き込まれたのか。その問いは、自分自身への問いでもある。
「非生産的な挑戦」という言葉
作中に出てくる「非生産的な挑戦ってかっこいいよ、それが本当の文化だよ」という言葉にとても共感した。
効率や成果ばかりが求められる日常の中で、すぐに結果が出ないこと、役に立たないように見えることを続けるのは勇気がいる。でも、そういうことの中に、その人の価値観やその人らしさが滲み出るものだと思う。
ミステリーとしての構造だけでなく、こういう言葉がさりげなく置かれているところに、この作品の奥行きを感じた。
本を介して繋がること
読書は孤独な行為だけれど、こうして誰かと感想を交わすことで、その体験はもう一度広がっていく。同じ本を読んでも、見えている景色は少しずつ違う。その違いを知ることが、また楽しい。
好きな本を贈ってくれる人がいることの幸せを、改めて思った。
久しぶりに、夜更かしする価値のある本に出会えた。そして、ミステリーを読む楽しみが、また少し深くなった気がする。何より、本を通して誰かと繋がれる喜びを、もう一度思い出させてもらった。




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