花びらが空へ還る日
- Yukaringo
- 1月10日
- 読了時間: 3分

花びらが空へ還る日
── 愛猫を想って描いた、愛おしい日々の記憶
空が溶けている。
青い世界に、白い雲が浮かび、花びらが舞っている。いや、「舞っている」というより、静かに浮いているというほうが正しいかもしれない。重力を忘れたように、ゆっくりと、ためらいがちに。
この絵を描いたのは、愛猫を見送った後のことだった。
描きながら思い出していたのは、窓辺で日向ぼっこをしていた姿や、朝起こしに来てくれるポフポフのおてて。心配して寄り添ってくれた時の温もり。そして、最期の日に見せてくれた、穏やかな瞳。
空と海の境界が曖昧になっている。どこまでが現実で、どこからが記憶なのか、もうわからない。ただ、この青の中に、あのときの光が確かに溶けこんでいる気がした。
花びらは、言葉にならなかった「ありがとう」のかたち。
ひとつひとつが、いっしょに過ごした日々の欠片。
風に乗せて、空の向こうへ届けたかった想いを、色に変えて散りばめた。
描き終えたとき、少しだけ、心が軽くなった気がした。
詩「空の庭で」
きみが眠った朝
窓を開けると
空に小さな花が咲いていた
誰が植えたのか
誰が水をやったのか
知らない
でも、その花は
きみの瞳の色をしていた
青い世界に
白い雲がゆっくりと歩いて
花びらがひとつ、またひとつ
風に誘われて落ちてゆく
落ちているのか
昇っているのか
もうわからない
ただ、空と海の境で
きみが小さく手を振っているような
そんな気がした
「ありがとう」と言いたかった
「さみしい」とも言いたかった
でも言葉は喉の奥で止まって
ただ、花びらになった
風が吹く
きみの匂いがする
もう会えないけれど
空を見上げるたびに
きみが笑ってくれるなら
それでいい
それで、きっと
愛猫を失うことは、日常の一部が欠けることだと思っていた。
けれど実際は、もっと複雑で、もっと静かなものだった。
悲しいのに、ときどき笑ってしまう。
思い出すたびに胸が痛いのに、同時にあたたかい。
矛盾した感情が、波のように押し寄せては引いていく。
この絵は、そんな「あいだ」を描こうとしたものかもしれない。
悲しみと愛おしさの、空と海の、記憶と現実の。
もし同じように大切な存在を見送った方がこの絵を見て、少しでも心が軽くなったなら。
そして、「自分だけじゃなかったんだ」と思ってもらえたなら。
それ以上の喜びはない。
絵は、言葉にならないものを描くためにある。
そしてこの青は、いつまでも、あの子との日々を抱きしめている。
大切なものを失ったとき、人はどこへ向かって想いを送ればいいのだろう。
この絵が、その答えのひとつになれたなら。




コメント