絵が描けない日
- Yukaringo
- 2025年12月11日
- 読了時間: 4分

絵が描けない日
手が止まる日は、誰にでもある
筆を持っても、何も浮かばない。 キャンバスの前に座っても、手が動かない。 そんな「絵が描けない日」に出会ったことはありませんか?
描きたい気持ちはあるのに、描けない。その矛盾が、まるで自分を責めているように感じることがあります。でも大丈夫です。絵が描けない日は、ただの休息日ではなく、何かを準備している時間かもしれません。
この記事では、絵が描けない日に起こっていることと、その日との付き合い方について、静かに考えてみたいと思います。
絵が描けない理由は、いくつもある
まず知っておきたいのは、描けない理由は決してひとつではないということです。
よくある理由
心身の疲れ
日々の生活の中で溜まった疲労が、創作のエネルギーを奪っていることがあります。体は正直で、休みたいときにはそっと信号を送っています。
気持ちの揺れ
不安や悲しみ、焦りといった感情が大きくなると、手は思うように動きません。心が整わないまま描こうとすると、筆も迷います。
完璧を求めすぎている
「良いものを描かなければ」という思いが強すぎると、最初の一筆が重くなります。期待がプレッシャーになって、スタートラインにすら立てなくなることも。
インプット不足
創作は「出す」行為ですが、出すには「入れる」時間も必要です。新しい刺激や体験がないと、心の井戸が枯れてしまうこともあります。
ただの波
そして時には、理由なんてない。ただ波が引いているだけ。創作には満ち引きがあって、それは自然なリズムです。
描けない日は、ダメな日ではない
ここで少し視点を変えてみましょう。
絵が描けない日を「何もできない日」「無駄な日」と捉えてしまうのは、もったいないかもしれません。なぜなら、描けない時間にこそ、次の創作のための何かが静かに育っているからです。
私自身、何度も「描けない日」を経験してきました。そのたびに焦り、自分を責めていた時期もあります。でも振り返ってみると、描けなかった日々の後に生まれた作品には、どこか深みがあった気がするのです。描かない時間は、休息であり、観察であり、内側を見つめる時間だった。そう気づいたとき、描けない日への恐れが少しだけ和らぎました。
土を耕さずに種を蒔いても、良い実は育ちません。描けない日は、畑を耕している時間なのかもしれない。そう考えると、少しだけ心が軽くなりませんか?
描けない日の過ごし方
では、絵が描けない日には、どう過ごせばいいのでしょう。
抵抗せず、受け入れる
まずは「今日は描けない日なんだ」と認めることから。無理に描こうとすると、創作自体が苦しいものになってしまいます。休むことも、創作の技術のひとつです。
別の形で手を動かす
絵ではなく、文字を書いてみる。散歩しながら写真を撮る。好きな音楽を聴く。創作は絵だけではありません。違う形でアウトプットすることで、思わぬ発見があることも。
インプットの時間にする
美術館へ行く、本を読む、映画を観る。誰かの作品に触れることで、自分の中に新しい種が蒔かれます。創作者は、受け取る人でもあります。
何もしない勇気を持つ
ぼんやり窓の外を眺める。お茶を淹れて、ただ飲む。何もしない時間を「無駄」と思わないこと。空白は、次の何かを迎え入れるための余白です。
描けない日から、また描ける日へ
不思議なもので、絵が描けない日の後には、また描ける日がやってきます。それは突然かもしれないし、少しずつかもしれません。
大切なのは、描けない自分を責めないこと。 焦らないこと。 そして、創作との関係を、もっと優しいものにすること。
絵を描くという行為は、自分との対話です。描けない日もまた、その対話の一部なのです。
今日できる、小さなこと
もしあなたが今、絵が描けない日の中にいるなら、こんな小さなことから始めてみてください。
5分だけ、窓の外をぼんやり眺める
好きな絵や写真を、ただ眺める(分析しようとしなくていい)
「今日は描かなくてもいい」と声に出してみる
散歩に出て、気になる色や形を探してみる
どれも「描く」ことではありません。でも、次に筆を持つときのための、静かな準備になるはずです。
さいごに
絵が描けない日は、終わりではありません。 ただの通過点です。
その日を責めたり、焦ったりしないで。 森の中で立ち止まって深呼吸するように、ゆっくり過ごしてみてください。
描けない日があるから、描ける日の喜びがある。 その両方があって、あなたの創作は続いていきます。
もし、このテーマに共鳴してくれたなら、私の絵や言葉の場所にも立ち寄っていただけたら嬉しいです。そこには、描けない日も描ける日も、すべて含んだ私の世界があります。
あなたの筆が、また動き出す日を、静かに待っています。




コメント